当時の国際情勢
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ここで各国の状況を見てみましょう。
当時の国際情勢を理解すれば、一連の出来事がさらによく理解できます。
東西冷戦は結局、西側(自由主義諸国)の勝利で終わりました。
東側の旧共産圏はしっちゃかめっちゃか。
しかし西側諸国も疲弊していました。
経済では日本が「漁夫の利」的な勝利を収めたように思われたようです。
敵を失ったアメリカは、日本を経済的な仮想敵国として執拗に叩き始めました。
同時にロシア・東欧・中国などの旧共産圏が資本主義に参加。
新たなグローバリゼーションの展開と、IT革命の萌芽が見えた時期でもあります。
[東欧]
1985年 旧ソ連のゴルバチョフが経済を立て直そうと「新思考外交」を開始。
ポーランドやハンガリーは西ドイツやオーストリアなどの資本・技術を導入しつつ、
共産党独裁から民主主義への移行を模索。
これが1989年の東欧革命につながる。
1989年2月 ハンガリー。複数政党制を導入。5月オーストラリアの国境を開放。
それを聞いた東ドイツ国民がハンガリーに「旅行」 → オーストラリアに出国 → 西ドイツに亡命を始める。
ベルリンの壁は意味がなくなり、11月に崩壊。
6月 ポーランド。選挙により穏健な民主化を達成。
11月 チェコスロバキアでも一党独裁を放棄し複数政党制の導入(ビロード革命)。
12月 共産党独裁に固執したルーマニアのチャウシェスク射殺。ルーマニア共和国成立。
1990年10月 東西ドイツが念願の再統一を果たす。
[ロシア]
1985年3月 ゴルバチョフがソビエト連邦共産党書記長に就任
ペレストロイカ(改革)とグラスノスチ(情報公開)をスローガンに合理化・民主化を進める。
しかし保守派の抵抗や民族主義の台頭を抑えきれず。
1991年 8月 ソ連8月クーデター(失敗)。共産党活動停止。
1991年12月 ソ連解体。構成共和国はすべて独立。権力はロシア大統領エリツィンに。
エリツィンは親欧米で経済を立て直そうとするが、借金まみれ。
新興財閥が政治に口出しをしはじめ、マフィアが跋扈。
プーチンに変わるまで国益無視の状態が続く。
1ドル1ルーブルから紙くず同然まで下落。
[チャート ロシアンルーブル対ドル相場]
[中国]
六・四天安門事件で民主デモを鎮圧。
西側諸国に経済制裁されつつも日本と米民主党を利用し共産党独裁体制を維持。
「民主化は銃弾で鎮圧しろ。さもなくば自分が処刑される」
という独裁国家の教訓は、このときの中国を見て生まれたもの。
経済的には改革開放路線が芽を出してきた頃。
94年に中国が50%の元切り下げを行い、
他のアジア諸国から輸出を奪って世界の工場へとテイクオフ始める。
[チャート 人民元対ドル相場]
しかし、勝ったはずの自由主義諸国もまた疲弊し切っていました。
[ドイツ]
念願の統一を果たしたものの、共産主義の負の遺産に苦しむ。
おまけに西ドイツマルクと東ドイツマルクを1対1で交換するという間抜けぶり。
「冷戦の勝者はドイツと日本」と言われたが、
ドイツは本来ならばもっと早く立ち直るべきところに余計なコストと時間をかけた。
[アメリカ]
ロシアが倒れ、ドイツがコケて、一番の仮想敵国は日本。
クリントン政権の執拗な日本叩き。
USTR。スーパー301条。1ドル79円の超円高。
一方で中国共産党を支援。
六・四天安門事件を許す。台湾不支持。
軍事力では世界ダントツ。
経済でも日本を潰して一人勝ち状態を目論む。
慢性的な財政赤字が改善。
ITバブルにつながる株高が95年からスタート。
世界中の資金を集めつつあった。
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日本:財政の悪化から消費税引き上げへ(1997)
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1990年6月 日米構造協議決着。10年で430兆円(のち上積みされて630兆円)の公共事業を約束。
その後の経済対策とあいまって、健全であった日本の財政が急速に悪化。
[チャート 政府債務残高の推移の国際比較]
出所:社会実情データ図録。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5103.html
1997年 4月 消費税率を5%に引き上げ
1997年11月 財政構造改革法が成立。2003年まで赤字国債発行を毎年度削減する財政再建路線を打ち出す。
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前年1996年は景気が回復し株価も上昇したため、
このタイミングであれば増税しても問題ないという感覚があったのかもしれません。
しかし国内の不良債権問題はまだくすぶっており、
危険な金融機関がまだまだ残っていました。
またタイから始まった危機がアジアに拡散しつつあり、
日本の緊縮財政はグローバルな信用収縮に拍車をかけました。
これが金融機関の連鎖倒産、アジア危機、ロシア危機などにつながっていきます。
(続く)


















